ベルナール・デカン写真展

Publié le par alliance francaise sapporo

 

私が成すイメージは、何も語らないオブジェや出来事を描き出すようなものではなく、時のほんのわずかなカケラをさらけだそうとするようなもの。私が唯一求めるものは、自分にはついて行けないもの、理解できないもの、夢や望みの源泉、グロテスクなもの、恐ろしいものに対峙したときの孤独感や絶望感との対話。そこでは哲学と詩のみが癒し...。いかに世界が美しいかを語り、様々な文化の豊かさに恍惚となり、他を発見するといったことは、無知な最初の旅人たちの目を開かせるものとなった。しかし、自らと出会い、自らの内にありあくまでも表象させようと試み続けるイメージを見つけるためにのみ、私は旅をする。他とは、この探求におけるガイドであり、導き手であり、仲間である。物事の表層の裏側には、隠れる魂があることをずっと願ってきた。ある種のアニミズム的なところでは、写真というものがそのあの世とやらを少しでも示すことができるのではなかろうか。見せ掛けのあちら側にあるものを見るためには、時間を止めさえすればよいのではなかろうか。身体を、大地を(自分が足を踏みしめる)、身体と大地の均衡を写真に。人生のほんの一瞬を暴き出し、想像する。理想のイメージを夢みる。それを、そのイメージを、私は探し、これからもなお探し続ける。アフリカでは、人間のみなもとの、ルーシーが生まれた豊かな乾燥の中で、アジアでは、大河と、大洋の水の中に。私は、いつか、ひそかに、それに気づくことができるであろうか。垣間見て、何も無いものを見て、語れる、しっくりとくる言葉がないので、像を結ぶ、像のみを...

 

 

 

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